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大阪地方裁判所 昭和48年(ワ)2445号 判決

原告

井沢正篤

原告

日商岩井スチールセンター株式会社

右代表者

吉村啓二郎

右両名訴訟代理人

岩崎英世

被告

吉田港運株式会社

右代表者

吉田繁信

被告

小屋寿夫

右両名訴訟代理人

木村保男

外三名

主文

被告らは各自、原告井沢正篤に対し、金六二四、二六〇円およびうち金五七四、二六〇円に対する昭和四六年八月三一日から支払済まで年五分の割合による金員を、原告日商岩井スチールセンター株式会社に対し、金一、二八二、三五三円およびうち金一、一八二、三五三円に対する昭和四八年六月二一日から支払済まで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その二を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。

この判決は原告ら勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

被告らは各自、原告井沢正篤に対し、金三、〇二六、三五七円およびうち金二、九二六、三五七円に対する昭和四六年八月三一日から支払済まで年五分の割合による金員を、原告日商岩井スチールセンター株式会社に対し、金三、四五二、六九九円およびうち金三、一五二、六九六円に対する昭和四七年一一月一日から支払済まで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

仮執行の宣言。

二、請求の趣旨に対する答弁

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  請求原因

一、事故の発生

1  日時 昭和四六年八月三〇日午前一一時二五分頃

2  場所 大阪市西区立売堀南通五丁目一六番地先道路上

3  加害車 大型貨物自動車(泉一一か二七一号)

右運転者 被告小屋寿夫

4  被害者  原告井沢正篤

5  態様 原告井沢が、訴外村林喜一郎運転の普通乗用自動車(泉五ら四五五六号、以下被害車という)に同乗中、加害車に追突された。

二、責任原因

(一)  運行供用者責任(自賠法三条)

被告吉田港運株式会社(以下被告会社という)は、加害車を保有し、自己のために運行の用に供していた。

(二)  使用者責任(民法七一五条一項)

被告会社は、被告小屋を雇用し、同人が被告会社の業務の執行として加害車を運転中、後記過失により本件事故を発生させた。

(三)  一般不法行為責任(民法七〇九条)

被告小屋は、前方不注視、追従不適当、ハンドル操作不適切の過失により本件事故を発生させた。

三、原告井沢の損害

(一)  受傷、治療経過等

(1) 受傷

頸椎捻挫、腰部捻挫、外傷性頸腕症候群

(2) 治療経過

通院

塩川整形外科医院等に昭和四六年八月三〇日から昭和四七年一〇月三一日まで

(実日数一二九日)、同外科医院に昭和四七年一一月初旬から昭和四八年四月中旬まで(実日数二三日)、福崎直流銀イオン治療研究所に昭和四八年三月一六日から同年一二月二九日まで(実日数五四日)、前記外科医院に昭和四九年一月以降現在に至るまで通院継続中。

(3) 後遺症

右受傷により、右肩、右背部、腰部等の局部に疼痛などの頑固な神経症状が継続して固定し、少なくとも自賠法施行令別表一二級に該当する後遺症を残した。

(二)  治療関係費

(1) 治療費 七一、〇〇〇円

(2) 診断書費 二、〇〇〇円

(3) 通院交通費 九五、六六〇円

(三)  将来の逸失利益

一、六二七、六九七円

原告井沢は、事故当時四八才で、原告会社に常務取締役として勤務し、年間四、二五七、二〇〇円の収入を得ていたが、前記後造障害のため、昭和四七年一一月一日から三年間にわたりその労働能力を一四%喪失したから、原告の将来の逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、一、六二七、六九七円となる。

算式 4,257,200×0.14×2.731=1,627,697

(四)  慰藉料 合計

一、二二〇、〇〇〇円

通院によるもの

七〇〇、〇〇〇円

後遺症によるもの

五二〇、〇〇〇円

(五)  弁護士費用 一〇〇、〇〇〇円

四、事務管理による費用償還請求

原告井沢は、日商岩井株式会社(以下単に日商岩井という)の従業員で、日商岩井の関連会社である原告会社に出向し、常務取締役として勤務しているところ、原告井沢は本件事故による受傷のため、昭和四六年度(昭和四六年八月三〇日から同年末まで)は一一八日、昭和四七年度(昭和四七年一月一日から同年一〇月三一日まで)は一七二日欠勤したが、原告会社は原告井沢に対し、右欠勤日についても、昭和四六年度は一日につき九、七一五円(同年度における原告に対する給与支給総額三、五四六、一六〇円を三六五日で除して得た額)、昭和四七年度は一日につき一一、六六三円(同年度における原告に対する給与支給総額四、二五七、二〇〇円を三六五日で除して得た額)の各割合による合計三、一五二、六九六円を給与名下に日商岩井を通じて支払つた。

右の三、一五二、六九六円は、本来、被告らが原告井沢に対し、本件受傷による休業損害の賠償として支払うべきものであるところ、原告会社が被告らのため、被告らに代つて支払つたものであるから、原告会社は民法七〇二条にもとずき被告らに対しその償還を求める。なお、本件事故による右償還請求のための弁護士費用三〇万円の支払も併せて求める。

五、損害の填補

原告井沢は、自賠責保険金一九〇、〇〇〇円の支払を受けた。

六、本訴請求

よつて請求の趣旨記載のとおりの判決(遅延損害金は民法所定の年五分の割合による。ただし弁護士費用に対する遅延損害金は請求しない。)を求める。

第三  請求原因に対する被告らの答弁

一の1ないし4は認めるが、5は争う。

本件事故の態様は、追突ではなく、路面が湿潤していたためスリップした加害車の左後端が被害車右側面に接触したものである。

二の(一)は認める。

二の(二)は過失の点を除き認める。

二の(三)は争う。

三は争う。原告ら主張の損害は極めて過大である。

四は争う。

五は認める。

理由

第一事故の発生

請求原因一の1ないし4の事実は、当事者間に争がなく、同5の事故の態様については後記第二の二で認定するとおりである。

第二責任原因

一運行供用者責任

請求原因二の(一)の事実は、当事者間に争がない。従つて、被告会社は自賠法三条により、本件事故による原告井沢の損害を賠償する責任がある。

二一般不法行為責任

〈証拠〉によれば、被告小屋は、昭和四六年八月三〇日午前一一時二五分ころ、加害車を運転し、大阪市西区立売堀南通五丁目一六番地先道路上を北から南に向け、時速約四五キロメートルで進行中、当時降雨のため路面が湿潤し車輪がすべりやすい状況にあつたところ、対面する信号が青色から黄色に変つたのをみてあわてて急制動の措置をとつたため、加害車を右斜前方に滑走させ、折から信号待ちのため停止しようとしていた被害車の右側面部に加害車の左後部を衝突させ、被害車に乗車していた原告井沢に傷害を与えたことが認められ、右認定を覆すにたりる証拠はない。

右認定の事実によれば、被告小屋は、降雨のため路面が湿潤し車輪がすべりやすい状況にあつたのであるから、ハンドルを厳格に保持して速度を調節し急激な制動措置を避けるべき注意義務があるのに、対面する信号が青色から黄色に変わつたのをみてあわてて急制動の措置をとつた過失により加害車を右斜前方に滑走させ本件事故を発生させたものと認められる。

したがつて被告小屋は、民法七〇九条により、本件事故による原告井沢の損害を賠償する責任がある。

第三損害

1  原告井沢の受傷、治療経過等

〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  通院状況

(1) 昭和四六年八月三〇日〜同年九月一日

多根病院、実日数二日

(2) 同年八月三一日〜同年一〇月一三日

中村整形外科医院、実日数三四日

(3) 同年一〇月一五日〜同年一〇月三一日

塩川整形外科医院、実日数一四日

(4) 同年一一月一日〜同年一二月二八日

同医院、実日数二八日

(5) 同年一二月二九日〜昭和四七年三月一三日

同医院、実日数一四日

(6) 同年三月一七日〜同年六月三〇日

同医院、実日数二二日

(7) 同年七月一日〜同年一〇月三一日

同医院、実日数一五日

(8) 同年一一月〜昭和四八年四月

同医院、実日数二三日

(9) 昭和四八年三月一六日〜同年一二月二九日

福崎直流銀イオン治療研究所、実日数五四日

(10) 同年一二月以降〜現在

塩川整形外科医院、月一ないし三回の割合

(二)  原告井沢は、本件事故当初には、何らの自覚症状もなく、事故直後に受診した前記多根病院における診断によれば、レントゲン写真上異常なく、右頸部および肩部挫傷により、休業加療四日間を要するとされていること。

(三)  ところが、同原告は事故後三日目ころから、目がちかちかし、後頭部から右肩にかけて痛みを感じるようになり、勤務を休んで前記中村整形外科医院に通院し、注射療法による治療を受けた結果、症状が多少軽快したこと。

(四)  同原告は、昭和四六年一〇月一五日塩川整形外科医院に転院したが、その当初には主として右肩の肩こりを訴え、頸部のレントゲン写真上も第一、第二頸椎に多少のねじれが認められたため、同医院において脊椎矯正手技療法、鍼による良導治療法、吸角治療法、高圧電気療法などの方法による治療を受け、自律神経調整剤やビタミン剤の投与を受けた結果、同年一二月ころにはレントゲン写真上、前記の頸部のねじれも消失し、昭和四七年三月一三日ころには、七〇パーセント程度労働能力を回復し、医学的療法を加えるよりも、社会生活への順応による自然治ゆに期待できる状態となり、同年五月ごろからはゴルフ場にも出向くようになつたこと。

(五)  しかしながら、同原告は、右時期以後においでも、右頸部から肩にかけての鈍痛、右肩胛骨内縁中央部の痛みや腰痛を訴え、自ら進んで右医院に通院し、健康保健による治療を受けたが、レントゲン写真上、腰椎および胸椎に変位が認められたものの、それらはいずれも軽症で、同年一〇月三一日、同医院で症状固定し、自賠法施行令二条に定められた一四級程度の後遺症を残すものと診断されたこと。

(六)  同原告は、右症状固定後も主に右肩こりの症状を訴え福崎直流銀イオン治療研究所や塩川整形外科医院において治療を受けていること。

以上の事実が認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。

以上認定した事実によると、同原告は、本件事故により、頸部捻挫、腰部捻挫、外傷性頸腕症候群の傷害を受けたが、同傷害はおそくとも昭和四七年一〇月三一日ころには、医学的療法を受けるよりもむしろ社会生活への馴化によりその労働能力の回復が期待できる状態にまでなつたことが認められ、かつ前掲の各証拠と、右認定の傷害の部位、程度、治療経過、その間の症状および現存症状、そして後に認定するような同原告の職業、年令等に鑑がみると、同原告は、後遣症として頸部鈍痛、肩胛部痛の症状が固定(昭和四七年一〇月三一日ころ固定)したのであるが、その労働能力喪失の割合は、本件事故後約一ケ月間(昭和四六年九月末日まで)は一〇〇パーセント、同年一〇月一日から前記症状固定時である昭和四七年一〇月三一日までは二〇パーセント、同年一一月一日から一年後の昭和四八年一〇月三一日までは五パーセントであり、その後は従前の労働能力を回復したものと認めるのが相当であると考えられる。

2  治療関係費

(一)  治療費 七一 〇〇〇円

〈証拠〉によれば、同原告が少なくとも七一、〇〇〇円の治療費の支出を余儀なくされたことが認められ、これに反する証拠はない。

(二)  診断書費 二、〇〇〇円

〈証拠〉によれば、同原告が診断書作成費用として、少なくとも二、〇〇〇の支出を余儀なくされたことが認められ、これに反する証拠はない。

(三)  通院交通費 七八、四〇〇円

前認定の通院状況および原告井沢本人尋問の結果によれば、同原告は前記通院のため左記のおり合計七八、四〇〇円の通院交通費を要したことが認められる。右金額を超える分については、これを認めるに足る証拠がない。

中村整形外科医院分二〇、四〇〇円(通院日数三四日、通院一回あたりの交通費六〇〇円)、塩川整形外科医院分五八、〇〇〇円(通院日数一一六日、通院一回あたりの交通費五〇〇円)、

右の合計七八、四〇〇円

3  労働能力喪失による損害(逸失利益)

〈証拠〉によれば、同原告は事故当時四八才で、原告会社に常務取締役として勤務し、昭和四六年度は三、五四六、一六〇円、昭和四七年度は四、二五七、二〇〇円の収入を得ていたことが認められる。

ところで、既に認定したとおり、同原告は本件受傷によりその労働能力を前認定の割合で喪失したのであるから、同原告の労働能力喪失による損害を算出すると次のとおりとなる。

(一)  昭和四六年八月三一日から同年九月末日まで。

三、五四六、一六〇円÷一二=二九五、五一三円

(二)  同年一〇月一日から同年一二月末日まで。

3,546,160円÷12×3×0.2=177,307円

(三)  昭和四七年一月一日から同年一〇月末日まで。

4,257,200円÷12×10×0.2=709,533円

(四)  同年一一月一日から昭和四八年一〇月末日まで。

4,257,200円×0.05=212,860円

もつとも、前掲甲第一〇、一一号証、原告井沢本人尋問の結果、および弁論の全趣旨によれば、同原告は昭和四六年度ないし昭和四八年度の給与相当額の全額を原告会社から給与名下で支給されていることが認められるけれども、同原告が原告会社から給与名下に支給を受けた金員のうち、右認定の労働能力喪失による損害に対応する部分については、元来本件事故による損害として加害者である被告らに請求できる筋合であつて、特段の事情がない限り原告会社に対しては支払請求権がないのであるから、原告会社に対する後日の清算関係はともかく、同原告に一旦前記損害が生じたことを認定するのに妨げはない。

4  慰藉料

本件事故の態様、原告井沢の傷害の部位、程度、治療の経過、後遺障害の内容程度、同原告の年令職業その他諸般の事情を考えあわせると、同原告の慰藉料額は四〇〇、〇〇〇円とするのが相当であると認められる。

第四事務管理による費用償還請求

原告井沢本人尋問の結果とこれにより真正に成立したものと認められる甲第一二、一四号証に弁論の全趣旨を綜合すれば、同原告は、日商岩井の従業員で、同会社の関連会社である原告会社に出向し、原告会社の常務取締役として勤務していたこと、同原告は本件事故による傷害のため休業を要したとして、昭和四六年八月三〇日から昭和四七年一〇月三一日までの間に原告主張のとおり合計二九〇日欠勤したが、原告会社は同原告に対し右欠勤日についても給与名下に同原告の本来の給与相当額(合計三、一五二、六九六円)を支払つたことが認められる。

ところで、前記第三の3で認定した事実によれば、同原告の右期間中の労働能力喪失による損害として同原告が被告らに対して請求しうべき金額は、第三の3の(一)ないし(三)の合計一、一八二、三五三円であるから、前記欠勤中の給与名下の支払金は、右の金額の限度においては、原告会社が被告らのため事務管理として被告らに代つて支払つたものというべきであり、したがつて原告会社は民法七〇二条にもとづき被告らに対して一、一八二、三五三円に限りその償還を求めることができるものというべきである。しかし右金額をこえるその余の部分については、元来同原告に損害の発生が認められない以上、原告会社の同原告に対する給与の支払であると認められるから、被告らに対しその償還を求めることはできない。

第五損害の填補

請求原因四の事実は、当事者間に争がない。

よつて原告井沢の前記損害額(但し逸失利益については昭和四七年一一月一日以降の分)から右填補分一九〇、〇〇〇円を差引くと、原告井沢の残損害額は五七四、二六〇円となる。

第六弁護士費用

本件事案の内容、審理経過、認容額等に照すと、原告らが被告らに対して本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は、原告井沢分が五〇、〇〇〇円、原告会社分が一〇〇、〇〇〇円とするのが相当であると認められる。

第七結論

よつて被告らは各自、原告井沢に対し、六二四、二六〇円、およびうち弁護士費用を除く五七四、二六〇円に対する本件不法行為の後である昭和四六年八月三一日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金を、原告会社に対し一、二八二、三五三円、およびうち弁護士費用を除く、一、一八二、三五三円に対する本件訴状送達の日の翌日であることが本件記録上明らかな昭和四八年六月二一日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金を、それぞれ支払う義務があり、原告両名の本訴請求は右の限度で正当であるからこれを認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(奥村正策 二井矢敏朗 柳田幸三)

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